弁造さん

10月になって
葉物が美しく芽を出してくれています。
今年は、長雨、猛暑、台風で
何度もぐちゃぐちゃになった畑でしたが、やっと、取り戻しつつあります。


お弁当にもまた、少しずつ
畑のものを入れる事ができて、
嬉しいです。有り難い事です。
畑大丈夫?
野菜は?
と言われる度に、自然の流れなので、
どうする事もできないから、答えようがなかったし、なんだか、責められているような気がしていました。私たちは、自然に対しては、無力です。与えていただいたものを受け取るだけです。

あるがまま、自然の流れで、お弁当もお作りしています。


昨日、「庭とエスキース」
の奧山さんのお話し会に行ってきました。この本は、友人から、いただいた「やってきたもの」です。
本の中の「弁造さん」のたたずまいや庭、人生を本を通して知り、言葉にできない感動をじわじわと感じていました。
お話し会では、奧山さんの楚々とした
雰囲気と写真、弁造さんの絵に囲まれて、来られているお客様もなんとなく、素朴で、そこにいるだけで、この感じが好きだなぁと思いました。

弁造さんは、このままじゃ日本の農業がダメになると思い、自給自足の生活を実践して暮らしていらっしゃいました。そのことと、完成しない絵を描き続けたこと。奧山さんが光を当てなければ、その人生まで、私たちは、知ることがなかったと思います。

弁造さんの人生を知ることは、
弁造さんを含んで生きていくこと

生前の弁造さんの肉声から
私が覚えている事を書きます

それを残したくて、久しぶりに書きました


「理論ばかり、掘って掘って掘り下げても、いくらでも広がるばかり。もっと素朴に戻らないと」

「絵でもなんでも、技術じゃ
人は、感動させられない」


弁造さん、その苦しみも楽しみを含んだ人生が描いた、いくつもの未完成の絵が
言葉にならない、わからない感動を私に与えてくれました。

私は、ただ感動したかった。

人気があったり、有名な人のお話しや、自慢のお話しや、流行りや、うわべだけのことに、ウンザリしていたのです。

こころの目を開いて観える
真実を見たかった
それが観たかった景色です
そして
描きたい景色です


弁造さんに感謝を込めて


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